ウナボンの泣き泣き日記

ウナボンの泣き泣き日記

3.両方かよ

☆両方かよ☆

‘ここまできたら最後は大病院へいってみよう’
と思った。
でも何処へ行けばいいのだろう・・・。
この頃には付き合っていた夫に相談した。
『全国名医図鑑』のようなような本を買ってきてくれて、大学病院であるK病院に婦人科の名医がいると載っていた。
会社からも近いしこれはいい!と早速行ってみる事にした。

ビックリするような広さの受付に、ビックリするような患者の数。何もかもが大規模。
圧倒されっぱなしの私は何とか婦人科まで辿り着き、ちょっと緊張していた。
‘何をされるのだろう・・・’
小さなブースから名前を呼ばれた。
そこには問診という形で私と歳が変わらないような若い先生がいた。
今までの過程を話し、すぐに手術が必要な状態かどうか調べて欲しいと訴えた。
若い先生からも色々質問され
「性交の経験は?」
なども聞かれた。
婦人科なので仕方ないが何だかイヤな感じだった。

問診が終わるとまた廊下で待ち、次は診察室から呼ばれた。
ウワサの名医ではなかったが
「卵巣嚢腫が手術が必要な状態か確かめたい訳ですね?
 わかりました。こちらで責任を持ってみていきたいと思います」
と力強く言われた。
『責任を持って』
とはっきり言ってくれたので‘本当にこの病院に来て良かった’と思った。

流れ作業的な内診が終わり、説明を聞くと
「K病院では7cm以上を手術の対象とします。
 あなたの場合はまだそこまで大きくなっていないし、手術というのはお腹を切る訳ですから、
 身体には大きな負担となるので切るより切らない方が望ましい訳です。
 このまま経過を見ていく方向でいいと思います」
という結果だった。

今まで手術から逃げるようにここまで来てしまったが、結局これでよかったんだ!
私は正しかったんだ!納得できるまで病院を渡り歩いて本当によかった!
しかも今まで何処の病院でも調べなかった血液も検査して貰えたので、本当にこの病院に来て良かったと思った。

通院はやはり3ヶ月に一度ペースだったと思う。
卵巣のほかにも子宮ガン検査も行った。

25歳の時、初めて膣からのエコー検査を受けた。
私の大きく広がった足元には、医者志望の大学生と思われる若い男の子4~5人がノートを持って立っていた。
‘大学病院だから仕方ないか’
と諦め
‘オマエ達、しっかり勉強しろよ!いい医者になるんだぞ’
と、心の中で願っていた。
モニターと私のアラワな性器を交互に見る学生達。
何だか悲しい気持ちになったけど、彼らが何かを一生懸命ノートにガシガシ書くのを見て‘ま、いっか’という気持ちになった。

この膣からのエコーの時、私の卵巣嚢腫は左だけのはずだったのに
「右にもあるよ」
と言われてしまった。
「左は脂みたいなものだけど、右は違うみたいだね。水かも知れないなぁ」
・・・今まで片方だけだったから何とかやってこれたのに、両方ってさ・・・
撃沈だ。
‘もう子供は無理なのかな?どうなるの?’
午後から出社する予定だったので仕方なく会社に行ったが、会社のトイレで気が狂ったヒトみたいに大泣きした。
みんなは叫ぶように泣く私の声に驚き、どうしていいのかわからない様子だった。
今思うと何て私は子供だったのだろう。
所長が「あー、ビックリした」と小さい声で話していたのが聞こえしまった。
本当に申し訳なかった。

***** 4.ガンかよ へ続く *****


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